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「…あれ、俺こんな服持ってたっけ?」
「ん?…あぁそれ。
えっと、この間うらたさんから貰ったんだ。サイズがちょっと合わなかったから志麻君にーって」
「そか。
ふっ、服買う時にうらたさん見栄張ったんかな」
くつくつと笑う志麻が、手に持っているその服に腕を通す。
…あのね、志麻。
それ、先週に私と一緒に出かけて買った服だよ。
言いたくても言えないその言葉を無理矢理飲み込む。
忘れていることを責めてはいけない。
できるだけ、彼の負担にならないように。
彼が混乱しないように。
彼が、忘れていることに罪悪感を抱かないように。
先週、志麻が今着ている服を店で試着した時に、
照れ屋な彼をからかうように私は『似合う。すっごくかっこいいよ、志麻が』と言った。
その時の彼はやはり照れて顔を赤く染めながらも、『だろ?』と嬉しそうに笑っていた。
この記憶も、忘れちゃったんだな。
そう思うと、心臓がぎゅう、と握られたように痛くなる。
それを表に出さないように同棲している彼と生活を共にする日々。
彼は、着実に物忘れが酷くなっている。
最初は一週間前のことが時々抜ける程度だった。
異変を感じたのはそれから。
『あれ、今日何日だっけ?』
『ん、了解。
____ん?ごめん、今何か言われてたっけ?』
『んあ、うちにこんな箸あったっけ』
日付けがわからなくなり、数秒前のことを忘れたり、日常的に使う物について忘れたり。
流石におかしいと感じ、病院に行った時にはもう随分と病気は進行していた。
「A、ちょおこっち、来て」
「んー?なーに、志麻?」
ソファに座る志麻においでおいでと手で合図され、彼の方へ行くと、腕を引かれ彼の上に座らされる。
そして、ぎゅうと強く抱き締められた。
突然のそれに、私は酷く心拍数を上昇させる。
「どしたの、いきなり」
「ええやん。たまには。
志麻やって甘えたい時があるんですー」
ぐりぐりと頭を私の首元に擦り付ける志麻。
可愛いなぁ、と思いその頭を撫でると、彼は嬉しそうに目を細めた後、ギラリと私を見た。
突然、身体が大きく揺れ視界ががらりと変わる
今私の瞳に映っているのは、天井をバックにして、先ほどの可愛い彼とは一変、ニヤリと妖しく微笑んだ志麻。
「なぁ、A」
「うん、何?」
「…今夜、どう?」
「馬鹿」
ああ、好き。
私の名前を呼ぶ貴方の声が。
狂おしい程に、好き。
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ちょこ - とてもよかったです!その後話がもっと欲しい! (2019年10月8日 11時) (レス) id: 1b1d47c664 (このIDを非表示/違反報告)
とあわ - 控えめに言って最高 (2019年5月18日 23時) (レス) id: b018cf85ec (このIDを非表示/違反報告)
羽飛(プロフ) - Tileさん» 感動していただけたなら何よりです!こちらこそ、コメントありがとうございます! (2019年5月6日 16時) (レス) id: 188fe56108 (このIDを非表示/違反報告)
Tile(プロフ) - ガチ泣きしました……すごく面白かったです!!めちゃめちゃ感動でした。感動するお話大好きです!ありがとうごさまいました! (2019年5月6日 12時) (レス) id: 3d55051bee (このIDを非表示/違反報告)
羽飛(プロフ) - 関西風しらすぅ@坂田家さん» そんなに泣いていただけるとは…!こちらこそありがとうございます。目は擦ったら後に響きますので、優しく涙を拭き取って下さいね、コメントありがとうございました! (2019年5月5日 3時) (レス) id: 188fe56108 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:羽飛 | 作成日時:2019年3月9日 12時