百七十六 ページ26
「Aちゃん」
『あ…お妙さんか、吃驚した…』
ノックの後、間も無く入ってきたのはお妙さんだった。
私が白無垢を着ていないことに目を丸めたが、隣に立つ白無垢姿の弟を見て全てを察したのかニコリといつものように笑顔を作った。
「やっぱり結婚する気なんてハナからないのね」
『そりゃ相手が相手ですからね』
「警察の血は捨てきれないってとこかしら」
『そういうことです』
私の返事に満足したのかお妙さんはうんうんと頷いて、横の弟へ目を移す。
そして真顔。
何かと首を傾げれば向かいの旦那と神楽ちゃんも訳が分からないと言ったような表情を浮かべた。
「あ、姉上…？」
「Aちゃん」
『？…はい』
「…新ちゃんが貴方の身代わりなのは分かったわ。けれど具体的には何をしようとしてるのか、教えてもらえるかしら？」
お妙さんの目は本気だった。
唯一の肉親を戦場と化す場所へ送り出すのだからそりゃそんな顔にもなるか。
旦那達も教えろと言わんばかりの視線を向けてくる。
はぁ、と一つため息を吐く。
『新八くんには誓いをするまでの間私の身代わりになってもらいます』
式が始まったら神無月俊之助の部下が武器の横流しの取引をこの式場内で行うと言えば、4人の目は見開かれる。
幕臣の結婚式なのだから警護がつく、こんなとこじゃ悪いことしないだろという発想を逆手に取って此処を取引現場にしたらしい。そしてそれの売買に使われるものは薬。どんなものかなんて言わなくても分かるような悪いもので、
ついでにその取引にでる男は神無月俊之助の右腕と呼ばれる男で幕府の金を横領するのを手伝ってたりもする。
『式の途中までにそいつらをぶった斬って、主犯格である神無月俊之助もぶった斬ります』
「いやお前そりゃいくらなんでも「Aちゃん」
旦那の言葉を遮ったのは菜々子さんだった。
彼女は一言、「時間よ」と言って私を一瞥すれば旦那達に外へ出るように促す。
渋々従うその背中のうち1人を捕まえて、こう言う。
『新八くんに傷一つ付けさせないから』
彼女の瞳はただ揺れるだけだった。
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作者名：翡翠 | 作成日時：2018年10月26日 11時
