検索窓
今日:4 hit、昨日:9 hit、合計:69,102 hit

。。 ページ4

.


光の選択は正しい。
これから芸能活動を続けるためには、やはり東京で暮らさないと難しいだろう。
夢をかなえるためなのに、どことなく地元を捨てた気がして後ろめたいらしい。

俺が光の顔を見て『しまった』と思い、光はそんな俺を見て『しまった』と思ったらしい。
すぐに「東京の桜もきれーだなー」と舌ったらずに誤魔化し、「うちからこんな近くに桜の名所があるなんて知らなかった」と足を止めた。
「へぇ、光んち、こっから近いんだ」
「うん。マンション決めた時はまだ桜咲いてなくて……この川沿いがこんなに桜が有名なんて知らなかったんだよ」

このところ視力が落ちたという光は、目を細めて桜の枝を見あげる。
ハラハラと花びらが風に舞い、光の黒髪や地味なパーカーの肩を飾った。

綺麗だ、と思った。

思わず見とれていると、光は視線を俺の右肩に移し「ほら、ついてる」と優しく花弁をつまんで、フッと息を吹きかけた。
光の吐息に乗り、風に乗り、ひらりひらりとその花びらは川面へと消えていく。

俺たちは黙って花びらの軌跡を見つめた。

不意に、下衆な笑い声が俺たちの沈黙を破った。
大学生たちが卑猥なことを大声で口にしながら、俺たちの背後を通り過ぎていく。
酒、女、裸、夜。
キュッと光の肩に力が入ったことがわかり、俺は「帰ろうか」と冷えた光の手を握った。
「送ってく」
そう言うと、光はこくりと頷いた。



光の新しい住まいは、歩いて10分ほどの新しいマンションだった。
「じゃあな」
踵を返した俺は、「薮っ」と、この日初めて名前を呼ばれた。
「薮っ。あのさ、まだ母さん帰ってないんだ。……まだ遊べるだろ?」
誘われるまま、俺は光の家に上がり込んだ。

新築の匂いがまだする光の部屋は、ベッドと机があるだけでどことなくまだ着慣れていない洋服みたいだった。
ゲームしよう、と光はコントローラ―を渡してくれた。
それは少し前まで俺も夢中になっていたゲームだったけど、すぐに飽きてしまったものだった。
ゲームスタート前は何となくおつきあいで、といった感じだったのに、久しぶりにしてみると面白くて、ふと気づくと20時を過ぎていた。

さすがにそろそろ帰らないと、と腰を上げると、光はじっと俺の足先を見つめた。
それから、「なぁ薮」となんだか熱っぽい声で言い、ゆっくりと立ち上がった。
少しだけ俺より背が低いはずの光の視線が、俺と同じ高さにあった。
背伸びしているんだ、と気づいたのは、光の唇が重なったあとだった。

。。→←。。



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 9.9/10 (235 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
293人がお気に入り
設定タグ:やぶひか , 薮宏太 , 八乙女光
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

しろくま(プロフ) - Qさん» 手のひらを返したような甘デレのやぶりんです(笑)長年拗らせていたら、ああなっちゃうのでしょうか?夜のご指導は…どうでしょうか?別の機会に(笑) (2019年5月9日 21時) (レス) id: 58687bcc1e (このIDを非表示/違反報告)
(プロフ) - おまけもたっぷりで完結おめでとうございます!ゆうやま!可愛い。そしてぐるぐるしてたくせに、今はすっかり幸せ一杯の薮さんが可愛くって可愛いです。…しかし、ちょっと聞きたかったですよ~。薮さんのゆうとくんへの赤裸々な性活指導… (2019年5月9日 19時) (レス) id: ce22f02e95 (このIDを非表示/違反報告)
しろくま(プロフ) - はなこさん» はなこ様…ゆとやま作者様に読んで頂いて恐縮です(;^_^Aやまちゃんのお誕生日記念のつもりだっつたのですが、本人が登場しないという体たらく…。可愛いやまちゃんははなこ様で美味しく頂こうと思っておりますっ。コメントありがとうございました。 (2019年5月9日 9時) (レス) id: 58687bcc1e (このIDを非表示/違反報告)
しろくま(プロフ) - みるみるみるきーさん» みる様、ゆーと担から殺されるかもしれん、と怯えつつ…。ゆーとくんはイケメンが過ぎるので、どうしてもこんな感じにしないと私には書けないのですな(笑)楽しんで頂けてよかったです〜。 (2019年5月9日 9時) (レス) id: 58687bcc1e (このIDを非表示/違反報告)
はなこ(プロフ) - 完結おめでとうございます!やぶひかが最近、ますます尊いのはこんな裏が…なんてリンクしちゃいました。そして、しろくま様のゆとやま〜っ!また是非ぶっ込んでくださいませ! (2019年5月8日 23時) (レス) id: be0c1ceb57 (このIDを非表示/違反報告)

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:しろくま | 作者ホームページ:___  
作成日時:2019年4月2日 10時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。