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彼を引き取った富貴栄華な夫婦にとって、知育もなっていない薄汚い小僧一人の養育費や、数年前過度に行われた麻薬排除法によって、殆ど殲滅された希少な睡眠薬を買う金は、単なる端金に過ぎなかったのである。
二粒の錠剤と、一杯の水。ハイルの一日は睡眠薬漬けに終わっていた。『不幸』…幼かった彼の背中には樹木の根のように、この忌まわしい単語が張り付いていた。
だが、いずれどんな人間にも、その人物にとって囁かな幸福は訪れる。そう、彼、旧名ハイルは、その時まさに不幸と幸福の狭間に立ち竦んでいた。
「おいなんだよ!どこいったんだクソッ!」
その日、彼の父となった家の主の男は、肥えた身体の表面に脂汗を流し、血相を変えて広いリビングに立っていた。密売ルート売買される予定の新種麻薬錠剤のサンプル二錠が、大理石のテーブルの上から忽然と姿を消していたためである。それは男にとって一つのビジネスそのものに値する代物であった訳で、何処の物陰を探しても抑え掴めぬ錠剤の在処に、男はこれまでにないほど頭を悩ませていた。自室、寝室、キッチン、バスルーム───ドラッグをズボンのポケットに持って運んだどの場所にも見当たらない。
昼間の静けさの中、裏仕事の道具を探し続け、オフホワイトの正方形の大きなタイルが敷き詰まった床を、上等な革靴で何往復かすると、銀色のドアノブを押し開いて、捜索の範囲を広げようと廊下に出た。
何歩か天井の高い廊下を歩いた先に、ふと、物置の部屋のドアの隙間から、血色の悪い二足の小さな足が膝下部分だけ飛び出していることに気が付く。尺からして子供の足である。泥や砂で汚れたダークブラウンの革靴に、膝下十センチから足の先迄を覆う白い靴下を履いた足の裏を天井に向けて、倒れ込んでいるようだ。義父の男は突如思い立ったように飴色の木目がレトロチックな扉を乱暴に開き、普段は誰も入らない筈の物置部屋を確認した。
照明のついていない部屋に入っていたのは、二年前孤児院から引き取った、ハイル・ヴェグラーベンであった。廊下の光に半身が照らされた義息子の顔を見て、ドラッグの在処に男は大きく確信する。床に広がる嘔吐物、赤く充血した片目、焦点の定まらない瞳、開ききった瞳孔、規則性のない呼吸、痙攣するからだに青白い顔。極限までに血の気を失った頬には、現存する片目から幾多の涙が伝っていた。
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作者名:ワッさん | 作者ホームページ:http://img.u.nosv.org/user/0301enmakun
作成日時:2021年4月10日 17時