ADAPTER <ｱﾀﾞﾌﾟﾀｰ> (ページ29)

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否、少年の中で、不幸な人生しか一変した目の前の有様に感動が余りにも肥大していたからであるのかもしれないが。だが、それでも確かなことが、少年の思考の中には明らかに存在していたのである─────。あの漆黒の恩人は、その“一般的でなければならない幸せ”を、少年に教えたのだった。あの人物の優しさと権力を介さなければ、決して手に入れることの出来なかった幸せを。
　孤児院に入って僅か数日後に、少年は温かい寝床の他に、新しい視界を手に入れることとなる。その視界は、最初、業者から郵便ポストに入れられて、教会と孤児院の管理をしている牧師から少年の手に渡った。丁度掌に収まる、白いリボンの施された白色の小さな箱には、表に教会の住所コード、裏に手書きの端整な字で『For Hail』と描かれたタグが取り付けられていた。中に入っていたものを黙認した周りの兄弟たちから、今までに聞いた事のないような悲鳴が上がったのを少年は良く覚えている。
　後に専門の医師に取り付けられた、少年の新しい眼球という不気味なプレゼントの名が«IPSAeye»というものであることを当人が知ったのは数年後のこととなった。正式にはあのシャールなる人物が発明したと思われる、この«IPSAeye»なる代物は、人間の体温と体内に蓄えられたエネルギーを利用して作動するように設計されている。そして、人口電気信号を義眼から流し込み、脳に視界情報を伝達して、実際の景色を投影させるのだ。それだけならば、現代の義眼を大幅に改良したに過ぎないのであるが、この代物の尤も賞賛すべき所、というより、現代的な価値観で言うならば、『危険視すべき能力』といえば、あの小型サイズには有り得ない情報処理機能と、広大すぎる検索機能であった。要するに、あの義眼一つから齎される視界には、莫大な情報の海が広がっているのである。

　それは少年にとって余りにも重たい奇跡の代物であり、一種の十字架であるのかもしれない。

　何処かで感じたことのある、優しい隙間風が少年の頬を撫でて行った。春が呼吸を吹き返して数週間、冬の冷感はすっかりと姿を消して、乾いた夏が徐々に足を伸ばし始めていた。深緑が象徴する半ば初夏の彩には、花壇に植えられたラベンダーとチューリップが軍を成して飾り立てている。丁度、孤児院の五·六歳程の少年少女達がネズの木で編まれた籠を持って、花の冠作りや形の良いクローバーを見つけに駆け出していく季節であった。

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