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そこに立っていたのは、筋肉のついた黒い服の男でも、殺伐とした目付きの人間でもなく、濡鴉の滑らかに波打つ長髪と、華奢ですらりとした小柄な体型の、優美な女性だったのである。文字通り、濡れた鴉の羽に青白い月の光が当てられたかのような髪色に、顔付きの穏やかさに出た年齢を思わせない蝋のような肌と、何よりも、そのドールのような幼顔に配列された、ゴールデンイエローの瞳が強い印象を焼き付けてくる美しい女。凛として通る、溌剌とした歌を奏でるフルートのような声は、誰が聞いても一級歌手と聴きまごうことだろうし、誰もが一瞬で魅了されることは間違いない。恩人と比べれば、些か女性らしく造形美を讃えた手から形の締まった肘にかけては、先程まで羽織っていたであろう、上等なオフホワイトのコートが掛けられている。そんな、一度街を歩けば七割程の人間が其の姿を振り返る程の美女を前にして、シモン・ヴェグラーベン少年は、非常に不愉快な表情を浮かべていた。七年前に味わった、胃の不怪物を出した後の忌々しい酸味を噛み締めたあの時に匹敵する表情が少年の顔に貼り付けられている。毎日時間をかけて磨かれていることを奇妙にも思わせる金色の瞳が、まるで自分を本物の息子のように慈しんで見ていることに、吐き気さえ催していた。
「あらあら、また来たのね！ まぁこんなにも大きくなって、見違えたと思わない？ 顔つきも…ちょっと色は悪いけど、大人っぽくなって」
「この悪魔め！ 俺に近づくな！」
少年がそう叫び声をあげ、皮の椅子から立ち上がると、思わぬ方向からその言葉の先を制止させる最も有力な声がかかった。
「黙れよ、煩いガキは嫌いだ」という、それは、彼がこの世で最も敬愛し、敬神するシャールなる人物からだった。途端、少年の喉から外へ出かけていた罵声が、降りかかった言葉が壁となって留まった。たった一声で口に鉛の鍵をかけられた少年は、一つ深呼吸をすると、ドアから話に乱入してきた女を睨みつけながら、徐に成る可く音を立てず着席した。一瞬にして罵声に終演を打った少年に、真っ黒な一部屋の主は一瞥を投げ、その隣に尚幼い笑顔で佇んでいる、濡鴉の女を見やった。
「お前は何故、僕の予想より十秒も早いんだ。何時もそうだ、僕の、この僕の頭の中の計画が十秒狂う。ああ、そう詰まりはイライラするんだ、解るだろ止めろよ」
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作者名：ワッさん | 作者ホームページ：http://img.u.nosv.org/user/0301enmakun
作成日時：2021年4月10日 17時
