ADAPTER <ｱﾀﾞﾌﾟﾀｰ> (ページ11)

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担当者は検査資料を破いて、足元にあった屑箱に捨て、他のイギリス国民の子供たちと同じように戦争孤児養護施設の分別手配を始めた。

　その幸運を経て幼き彼がたどり着いたのが、あの孤児院だった。
　各言えども、偶然生き残ったことをまだ幸運だったと喜ぶべきなのか、生き残ってしまって、想像を絶する辛辣な人生を送ることとなったことを不運と嘆くべきだったのか。少なくとも、その養護施設によるハイル少年の人生の出発点は、最悪なものに違いなかった。
　一等鮮明な記憶といえばそう、四歳の頃である。
　その頃、孤児院内の職員たちの中で流行っていたのが、“折檻”や、その他暴力による、子供の虐待であった。未だ『第二のルネッサンス』という思想社会が築かれていなかったその時代、“折檻”などと聞けば、大半の人間が首を傾げて困惑することだっただろうが、それもその筈、ヒトの身体に著しく損傷を与えるこの風習は、時の流れに沿って、その世代には跡形もなく、とっくの大昔に消失していたからである。だがしかし、百年以上も前に歴史の彼方へ葬り去られていたこういった野蛮な風習は、この混沌の時代を経て、覚めてはならない夢から目を覚ました様だった。初めは、気分が激しい焦燥と憂鬱に駆られ、それを上回る野性的な刺激を求めた結果、ほんの数人の職員が、規範を破った子供達への罰として、物陰でこの手法を使ったというのみであったが、次第に、過去の遺物は奇妙な広がりを見せ、大多数の職員達が自らの鬱憤ばらしの為に孤児達を焼き傷め付ける様になったのである。当時、忌み嫌われる対象であった『戦災孤児』は、食料の泥棒として、手のかかる社会の重荷として、悪辣な扱いを受けるのが当然と言うまでであったが。

　昼も夜もなく、焼かれ爛れ、鈍器による打撃や性暴力に傷を負う日々。何時殴られるかも判別も付かず、体の衰弱から新手の感染症に掛かって死ぬ恐怖から、おちおち居眠りも叶わぬ日常。孤児院に住まう少年少女、そしてハイル・ヴェグラーベン少年ら頭上彼方には、今にも落ちてきそうな重たい暗雲が掛かっていた。
　あの痛みが、六年も経ったこの頃でも、迸る赤と、灰色の煙を携えて、夢の中から襲って来る。

　あの職員が拳を振り上げる瞬間
　あの硬い革靴が自分の腹にめり込んでくる瞬間
　あの真紅の鉄の棒がこの身に叩きつけられる瞬間
　あの寝台の上で隣の仲間が死んでいた瞬間

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