080# 尊敬すら ページ30
▼TAKAMINA
「佐江ごめん、探してくれてたんだよね」
「よかった。お腹の調子でも悪いのかと思ったよ」
織音とはトイレの前で別れた。外で待ってくれていた佐江に改めてお礼を言う。戻りながら話題にあがるのは、やはりAだった。
智恵理と同じく、キララを連れる少女。そのことは襲名メンバーや他の研究生にも瞬く間に広まった。後輩らしく基本の礼儀は正しい。練習も真面目に取り組み、日課で朝はよく走っている。
ウチら襲名メンバーにも臆することなく話しかけてくるんだ。この前はともちんとファッションの話で盛り上がっているのを見た。カタカナばかりで何言ってるのか全然わからなかったけど。
「でも、ちょっと心配かな」
「心配？」
「あの子、全然怯えていないから。アンチに言われたら、私たちでも一瞬落ち込むでしょ。彼女『私を見てくれることに感謝してる』って言ったの。どうやって生きてきたら、あの歳でそんなこと言えるようになるんだろ」
佐江は何も知らないはず。00の中でAの心の枷を知ってるのはウチだけだ。でも、佐江から聞いてしまえば皮肉にも垣間見えてしまう。
Aの、アンチに対する考え方の柔軟さはむしろ武器だけど。そう思えるようになるには時間がかかるもの。彼女はそれを既に達成している。酷いことは言われ慣れているのか、なんて。ウチに訊く勇気はない。
「たかみな？」
「佐江、あのね。お願いがあるんだけど」
楽屋の少し手前で急に立ち止まるから、佐江はどうした？とウチを見ている。
視線を浴びながら口にしたことに、佐江はちょっと驚いていた。でも理由も聞かずに「わかった」と言ってくれて。佐江には、ありがとうの気持ちでいっぱいだった。
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『Aのこと見ててくれない？ 才加と走るときだけでもいいから』
仲間はどこまで踏み込んでいいのだろう。ウチにはその線引きは分からない。
それに、頼られたときならまだしも。襲名メンバーが特定の研究生に肩入れするのをよく思わない子たちが、もしかしたらいるかもしれない。
でもウチは……。いつか彼女の、これ以上ないと思える笑顔が見たいって願うくらいには情が湧いてしまったんだ。
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作者名：東雲れーた | 作成日時：2022年7月1日 14時
