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「はい、赤塚清掃です」

お客様からの電話対応もすっかり慣れて、今日も掛かってきた受話器を取った。

『あのー…あたし、そちらの赤塚清掃に依頼した者なんですけどお』

甘めの、少し間延びした女性の声。

「はい、どうかなされましたか?」

『後から見たら、部屋になかった傷が付いてて…』

「本当ですか?大変申し訳ございません、失礼ですが、私共が伺う前のお写真などがございますでしょうか?」

『はい、あります…すっごく困るので、その…お金、とか』

露骨には言わなかったものの、弁償について彼女は気にしているんだろう。

比較して、裏が取れたらそれなりの対応をするのも社員としての、会社としての当然の対応だ。

「分かりました、今すぐ伺わせて頂きます」

住所を確認して、カチャッと受話器を置いた。

「すみません、お客様からお電話が来たので外回り行ってきます」

駅前の指定された場所に行くと、わたしよりも少し年上であろう女性が立っていた。

「すみません、本日は…」

「…え?何の話ですか?」

彼女はきょとんと首を傾げた。

周りを見渡しても、それらしき人物は他にいない。

若い女性からのあの電話は、イタズラだったのだろうか?

「え、私、赤塚清掃の者でして…本日お電話頂いたのですが」

不思議に思いながら説明していると、背後に誰かが立った。

「お姉さんごめん!この子呼んだの俺なんだよ」

振り向いて、その明るい声の主に愕然とした。

…なんで、ここに。

紛れも無く、男はあの時わたしに暴行、しようとした彼で。

言葉が出ない。

「あ、そうなんですね」

「ごめんねえ、マジ」

足が、動かない。

「…やっと見つけた」

頭上から聞こえた声を見上げると、男は口端を醜く歪めて、わたしに憎悪に満ちた視線を落とした。

どうしてここが分かったの?

「…ふふ…お前、なんだよこれえ…」

男が出したスマホに表示されているのは、いつの日かの、会社でのハロウィンイベントでした天使のコスプレのわたしの写真が載ったツイート。

「お前なんかが天使様、ってことかあ?おめでてえな…」

彼の言葉は、わたしには理解不能だった。わたしの何にそんなにこだわっているのかが分からない。まるで、何かに取り憑かれているみたいだ。

普通の人だったら、こんなことは絶対にしない。

…怖い、この人…。

わたしの僅かな情報をかき集めて、この写真から特定した、ってこと?

わたしのことを知る故郷の人に、わたしの事を聞いて、調べて。

赤塚区で働く会社員の女性、年齢、見た目。

きっと彼は血眼になってわたしを探したんだ。

今の時代、SNSをしている会社員がほとんどだと思う。

わたしは最低限のやり取り以外はしない主義だから、自分からの情報の漏洩は無い。

だから。
会社のホームページ、同僚のFacebook、Instagram、Twitter。

会社の飲み会の写真を上げた人もいるだろう。赤塚清掃で働いているOL、などと個人のプロフィールに書いている人もいるだろう。

少しずつ、ネット上に溢れる個人情報を収集して、繋いで、わたしを見つけ出した?

それでは飽き足らずに、わざわざわたしの元に現れた?

…はっきり言って、異常だ。

執着心も、行動力も、何もかも。

そして、何より怖いのは。

「調子に、乗りやがって…!お前の癖に…」

この人は、この行為の異常性に気がついていない。

遥か昔の、力関係を大人になった今も、そのまま再生しようとしている。
言ってはなんだけど、他の人々は当たり前に流していた。

「…天使様なんかじゃねえだろうが、俺を馬鹿にしやがって…」

ブツブツと繰り返す男はまさしく、異常者、だった。

女声の謎が解けた。
ボイスチェンジャー、を使ったんだ…。

この男なら、あくまで健常者の様に、ここまでの行為をやりかねない。

わたしが彼と普通に応対する時、この男はどのような思いでわたしの声を聞いていたのか?どのような思いで、女の振りをしたのか?

全身に鳥肌が立った。

「…気持ち、悪」

同情心なんて、欠片も無かった。

もう、魔が差した、なんて言い訳は彼には使えない。わたしが悪い、なんてもう庇わない。

「…は?」

もしかしたら、わたしへの好意から来る行動なのかもしれない。

ストーカー行為に及ぶ人は酷く盲目で、一方向しか見えないから。

或いは、彼にたまたま嫌なことがあって、それと重なる様に見てしまったのは、見下していたわたしの幸せそうな姿。それにプライドが傷つけられたのかもしれない。

でも、心に湧き上がる強い生理的嫌悪感は止められそうになかった。

「離れて下さい、警察呼びますよ」

「…誰に口聞いてんのか、分かってんのか」

「なら言わせてもらいますけど」

唇を青紫色に変色させて、ブルブルと震わせている。

「…貴方、誰ですか」

男の瞳孔が大きく開いた。まさかこんな奴に自分を忘れられるなんて、馬鹿にされるなんて、などの思いでプライドが滅茶苦茶だろう。

「殺すぞおまっ…うぐうっ!!?」

その時、男の胯座が思いっきり後ろから来た誰かに蹴り上げられた。

男が野太い声を上げて、崩れ落ちた。

「…今度したら去勢するっつっただろうが……このクズ野郎」

普段は温厚で、可愛らしい彼が。

これ以上ない程に怒っていた。

「と、トド松さん…!!」

叫ぶ様にしてトド松さんの名前を呼び、彼の元に駆け寄った。

「…行くよ!」

トド松さんがわたしの手を取り、その場から急いで駆け出す。

周りの人達が、男を抑え込むのが見えた。

けれど、彼は立ち止まることは無かった。

「…もうっ、なんで煽ったりしたの!」

トド松さんがわたしにぷくっと頬を膨らませる。

スタバァに駆け込み、わたしが恐らくキラキラした目で久しぶりのキャラメルマキアートを注文するのを、彼が呆れた様に見届けた後。
席についての第一声だった。

「あの場面でさ、あーいう頭おかしい奴に誰ですか?とか…」

彼はバナナココフラペチーノをこくっと口に含んだ後、じとっとわたしを見つめる。

「ほ、ん、き、で!殺されかねないんだよー…?」

そしてぐにっーと、目を逸らすわたしの頬を摘んだ。

「いたいれふいたいれふ!分かってまふ!」

「もー!分かってないでしょ、絶対!アイツは、YOUの事わざわざここまで調べ尽くして遠路はるばる追っかけて来たんだよ!?変〇だよ〇態!!」

行動力の化身すぎて最早化け物だよね、と続けて彼は苦々しい顔で窓を睨んだ。

苦笑いしていると、トド松さんは少しだけ悲しげな表情でわたしをじっと見つめ直した。

「YOUのそういう所、すっごい心配になる」

反省から、思わずしゅんと顔を項垂れた。

「…トド松さんにご心配お掛けしまし…いたいれふ…」

わたしの頬をまたむにゅっと摘んで、口を尖らす彼は何だか不機嫌そうだった。

「それ本気で言ってんならちょっと天然すぎて天界の人だから」

「どういうことですか!?」

彼はそれに答えることなく、視線をテーブルに落とした後、ゆっくりと顔を上げた。

「……今仕事じゃないの?」

「は、はい…そうです」

「…ならなんで、あんな男といた訳」

トド松さんの眉間にシワがググッと寄り、恨めしそうな目に変わる。

「…その、電話で女性からのクレームが入ったので、現場に向かったんです」

「えっ?女の人?」

「……多分、あの人がボイスチェンジャーを使って」

「っはあああ!?うっわそこまでやるー!?きっも!きもきもきも!」

トド松さんは一瞬ぽかんとした後しばらく間を置いて理解したのか、きもいきもいと連呼しながら自分の両肩を抱いた。

「マジ頭おかしいってそいつ!うわー有り得ない!」

「……やっぱり、そうですよね」

「そりゃそうだよ、もうさあ…YOUって結構可愛いって自覚持った方がいいよ」

「いや、可愛い…とかじゃないんですよ」

走った疲れからか、恐怖からの気疲れか。掠れる様な声だったが、彼は聞き逃さなかった。

わたしに視線を送る。

「…気が弱そうだから、大人しいから、自分の意見をはっきり言わないから」

挙げると、限りがない。

世間知らず、子供っぽい、ズレてる。

つまり、見下されてるだけなんだ。低いヤツだと思われてて、わたしの性別がたまたま女だから良く見えるだけで。

「……コイツなら俺でもやり込めそう、って思われただけでっきゃっ!?」

トド松さんがぺたっとわたしの頬にカップを押し付けた。

その冷たさに思わず飛び上がり、話が途切れる。

そして、入れ替わる様にしてトド松さんが口を開いた。

「なんでそうなるの。ボクもう訳わかんない。あのクソ男ー!許さないっ!慰謝料ふんだくってやる!ってなればいいじゃん」

その場で表情をころころと変えて、大きな手仕草をする彼を見て、ふふっと笑ってしまった。

「もう、またそーやって可愛い顔して誤魔化すんだから」

「…ど、どこから突っ込めばいいんですか」

「どこにも突っ込まなくていい。行こ」

トド松さんが椅子に掛けていたコートを羽織ったのに合わせて、わたしも席を立った。

「……今日…もう、帰社時間になったので…直帰、しようかな…と思うんですけど…わたしの家に、来てくれませんか」

彼の顔に、驚きが混じる。

「…一応ボクだって、男なんだけど」

あーいうのとは別種だけど、と言った彼を黙り込んで見つめる。

「知ってます…よ、わたしだって」

らしくも無く食い下がってみたら、トド松さんがわたしに顔を近づけた。

「……こういうこと、YOUとしたいって言ったら…?」

脅し、のつもりなんだろう。

未熟なわたしに、教えてくれているんだろう。

そう言えば、彼はいつもそんな役回りが多かった。踏み込みにくい、一番絡まり合った領域にいるわたしを、救おうとしてくれていた。

「………わたしは」

「言ったでしょ、YOUも拒んでいいって…好きにしていいって」

トド松さんの声は淡々としていたけれど、どこか悲しげで、絞り出す様な声量だった。

「…トド松さんなら、いいと思ってますよ」

「それ、どういう意味で言ってるか…分かってる?」

「……好きだから、じゃ…ダメですか」

わたし達の正面の道路を勢い良く通り過ぎた車の音が。トド松さんがわたしに言おうとした何かを、潰して行った。

「…今、わたし…トド松さんに、いて欲しいんです」

我ながら赤面する程にださくて、古臭い誘い文句だと思った。

だけどトド松さんはわたしの手を優しく握ってくれて、アパートに向かって。

二人で、歩き出した。

「…ボクから、もう一回言ってもいい?」

部屋のドアを開けたとほとんど同時に、トド松さんがわたしを抱き寄せた。

「…はい」

不快感なんて、全く無くて。
わたしときたらすぐに自分を見失って。

蔑むことで、乏しむことで。

生きていいか、問いかけていた。

「YOUが好きだよ」

トド松さんが言ってくれた一言は、いつも。

わたしを解放へと、自由へと導く鍵だった。

自信喪失と自己嫌悪を繰り返す中のわたしは、貴方に大きく揺らいでた。

それは、初めての惑いと意表。

甘えて、貴方を傷つけたのかもしれない。

…初めての恋の拙さから。

「だから…ずっと傍に居させて?」

トド松さんはわたしに首を傾けた。

何だか、自分の願いを掬いとった様な言葉だと思った。

「…わたしこそ」

トド松さんは、わたしに微笑んだ。

両腕を優しく離した彼に愛おしそうな目で見つめられて、溶けそうな程だった。

「…ほんと、可愛い」

貴方の呟きが、嬉しくて。

兎に角満ち足りた気持ちだった。

「YOU、貰ってくれる?」

トド松さんが取り出した、6輪の桃薔薇。

「ありがとうございます…」

わたしが手に取ると、彼が顔を下げた。

「大好きだよ」

耳元に受けた愛の告白は擽ったくて、愛らしくて、とてもドキドキする。

わたしはシューズボックスの上に花束を置いて、彼を見上げた。

「…好きです、トド松さん」

返事に彼がまた微笑んで、顔の高さをわたしに合わせてくれた。

そんな貴方が好き。

彼と見つめ合うとまた擽ったくて、幸せで。

慣れないふわふわとした感覚は、わたしを浮き足立たせた。

不自然なわたしと、自然に振る舞える彼。

でも、トド松さんの頬はうっすらと赤くなっていて。

わたしは微笑んで目を閉じた。

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作者名:なえ | 作成日時:2017年1月4日 15時

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