拝啓 死んでしまった従弟へ

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拝啓、あの日、死んでしまった従弟へ

小さくして、亡くなった従弟(おとうと)へ捧げる

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『金平糖のように儚く、琥珀糖のように寂しく綿飴のように溶けて』というcssを作者様(同名)より、お借りしました

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拝啓

　風が冷たく吹き、枯れ葉舞う季節となりました。そちらではいかがお過ごしでしょうか

　さて、あなたが去ってから、早四年が経ちました。天国と言うものを信じているわけではありませんが、あなたはきっとそちらに行って、元気に過ごしているだろうと思っておきます。
　あなたにこうして、手紙を出すのはあなたの葬式の時以来ですね。あの時は、これ、読めるのだろうかと、変に心配になったものです。今であれば、きちんと読めるでしょうか。また、あの時と同じように少し心配しています。

　話は変わりますが、私の人生の中で、葬式というものに出たのはあれが初めてだったのです。初めてがあなたの葬式であったこと、残念でたまりません。いえ、葬式というものはそういうものでしょうか。
　実は、あなたはわかっていたのかしれませんが、私はあなたの葬式に行きたくなくてたまりませんでした。きっと、あなたの死を受け入れたくなかったのでしょう。あなたが浴槽でおぼれたと、助かりそうにない、と母の口から聞いたとき、私は一瞬、時が止まったように思えました。これは嘘じゃないか、ドッキリじゃないか。そう思ったからです。なのに私はそう、とそっけなく相槌をうちました。ですが、現実逃避をしても、限りなく重く漂う沈黙が、そうではないのだと私に気付かせました。私は受け入れているようで、受け入れていなかったのかもしれません。

　私はなんとなくで東京の空港に降り立ちました。とても暑い日のことです。未だ、ボーっとした気分の中、まるで非常にリアルな夢の中にいるようで私は少し、ワクワクしていました。あなたの家である、叔父の家に行くのは初めてのことでしたし、そう思ったのは子供心故でしょう。
　一日目はホテルに泊まってから、次の日に私は走って叔父の家へ向かいました。記憶が少ないので、もしかしたら妄想かもしれませんが、弟と競うように走っていったと思います。
　叔父の家へ初めてお邪魔しました。そこで、私のわくわくした気持ちが一気に潰えたような気がします。広いリビングの階段横には真っ白なあなたの棺が確かにあったからです。始めて入る真新しい叔父の家にはひどく不釣り合いで、小さなものでも異様な存在感を放っていました。私は物珍しそうに、家の中を見渡すことはしなく、ただ、あなたの棺を眺めていたと思います。そうこうしているうちに、母が「■■くんに挨拶するよ」といって、私を呼びました。私は嫌がりました。まるであなたが本当に死んでいるようで、したくないと思ったからです。それでも、母は呼ぶので渋々ながら、あなたに手を合わせました。
　そうして、ようやく私は家の中をぐるりと見渡しました。広いリビング、大きなダークブラウンの棚、吹き抜けの天井、階段、キッチン。そしてあなたの棺。いつもであればワクワクして羨ましがって、家の中を探検しに行くでしょう。でも私にはなんだか、不安定で静かな家だと感じ、そうはしませんでした。
　キッチンには私たちより早く来ていた、祖父母と叔父叔母、あなたのお兄ちゃん、そして、あなたにとって母方の祖父母。私は緊張しました。全く知らない他人ともいえる親戚がいたのですから。まぁ、そうですよね。私たちだけのあなたではなく、あなたには祖父母が父方にしかいないわけではないのですから。今更の話ですが、少しショックを覚えました。すっかり忘れていたのです。そのことを。なんとも、呑気な話ですよね
その日は叔父の家に泊まりました。あなたのお兄ちゃんと久しぶりに遊んで、親戚にあたる叔母の父母にキックスケーターを使って勝手に遊ぶなと怒られるのを何も言わず、見てしまいましたけど。最初は私がそれで遊びたいと言ったんですよ。あなたのおにいちゃん、■■には悪いことをしました。私はおねえちゃんですから、代わりに怒らるべきだったのでしょうけど。流石に知らない人に怒られるのは気まずいです。私にとっても、あちらにとっても。でも、叔母の姉弟とはそれなりに仲良くできたと思います。もう、記憶は曖昧で、名前すら覚えていませんが。きっと、あの時になけなしのコミュニケーション能力を使い果たしてしまったことでしょう。今ではきっとよそよそしくなりますね。目に見えます。
　次の日、あなたの葬式の日です。私は居心地悪さと、罪悪感で普段、叔父たちが使うベッドから起きました。叔父や叔母はどこで寝たのでしょうか。いや、そもそも寝れたのでしょうか。当時の私はそんなこと、ちっとも気にも留めませんでした。自分の息子を小さくして、亡くし、あまつさえ、自分たちのせいだったかもしれないんですから。きっと、寝れなかったことでしょう。

　葬儀会社の人が来ました。私たちは外で遊んで待っています。大人たちも私たちを出した方が良いと思ったからでしょう。大人の事情というやつですね。叔母があなたの亡骸を抱き上げて、死に化粧を施します。叔母の化粧品だったので、ラメの入ったものでした。そこで、叔母は耐えきれず、嗚咽を漏らし、涙を流しました。私は、庭の方で遊んでいたのですが、窓越しにその光景を眺め、立ち止まりました。
　私たちは大人たちに呼ばれて、家の中に戻りました。葬儀の時間です。

　あなたはまだ小っちゃかったので近しい親戚だけをよんだ家族葬でした。母たちは言葉少なげにあなたの棺の周りに正座し、葬儀が始まります。私はそわそわして、靴下の色が妙に気になって落ち着きがありませんでした。たぶん、この重苦しい雰囲気に耐えられなくて、という思いもあったのでしょう。
　まだ、誰も泣いていません
　順番に手を合わせていきます。まず、初めに叔父夫婦。つぎに祖父母。その次に叔母の父母。それから順に私たちの番が回ってきます。私は一人で手を合わせるか聞かれましたが、また嫌がりました。失敗したら、間違ったら、という思いがグルグル渦巻いて到底、一人ではできそうになかったからです。まぁ、まだ小学五年生でしたし、初めてのことですので、母と弟と共にあなたに手を合わせました。何を思ってあなたへ手を合わせたかは覚えていません。それどころではなかったのでしょうか。
　全員、終わりました。叔父夫婦は泣いています。祖母も瞳にたまった涙をハンカチでおさえていました。一度休憩が入ります。お子様がいるのでそれに配慮したのでしょう。私も二階のトイレでこっそり泣きました。
　休憩が終わり、火葬場へ行く前にあなたの棺に、花と生前大事にしていたものを入れていきます。叔母は保育園に行くときに使っていたカバンに洋服を詰めていれました。あちらで、着る用にと。私たちは花を敷き詰めていきます。私はあなたから見て、左側のほうに花を入れました。そうして、花を入れている最中、あなたの頬に私の手が触れました。触れたあなたのまだ、ふくふく、もちもちとした幼いほっぺの感触に私はひやりとしました。やわらかいほっぺはひやりと冷え切っていたからです。そこで、私はようやく泣きました。あなたが亡くなったのだと、ようやく実感したのです。よく見るとある、鼻の中の詰め物や、ピクリとも動かない身体。そしてあなたの冷たい体温のない頬が何よりも私に現実を突き刺したのです。絶対、人前では泣かない。私よりも叔父夫婦の方が悲しいのだからと幼い、歪な正義感で固めていた心はすぐに崩れました。
　泣きながら、花を入れ終え、次に紙で作った電車や飛行機を入れました。前日に作ってくれる？と叔母に頼まれたものです。最初は作りたくなくて、断りましたが結局作りました。ただ、認めたくない一心で、断った申し訳なさで、押され作ったものです。今思うと、嫌だとはっきり断ったのは叔母は悲しんだのではないでしょうか。そう思うと大変申し訳なさでいっぱいです。後悔してます。それに、葬式後ではありますが、変な好奇心故か、叔父に次子供が生まれたら、あなたの名前を付けるのかと二度ほど、尋ねましたし。あれは私が子供だったから許されたようなものでしょう。やらかしてばかりですね。叔父たちは悲しみを見せまいと、気丈にふるまっていたのだろうに、私は気付かず、いつも通りにふるまってました。いえ、いつも通りにふるまう事しか考えていませんでした。後悔ばかりです。
　あなたが初めてこちらに来た時に抱っこをしておけばよかった。私はあなたがこちらに初めて来たときに、抱っこをしようか迷いました。きっと抱っこは次、あなたたちが来たときには出来ないだろうからと。でも、私は結局、抱っこをしませんでした。あなたのお兄ちゃんの時もそうです。私の弟の時もそうでした。いざ、やろうと思っても、なんだか私が潰してしまいそうで、落としてしまいそうで、怖くて勇気が出なかったのです。
　私はずっと、そのことを後悔しています。終わってしまってからでは遅いのに。後悔せずにはいられません。浅はかで臆病な従姉(あね)のことを許してください。

　最後に棺桶に手紙を入れ、作業は終了。火葬場へ出発します。ですが、私たちはこれであなたとお別れです。私たちは帰らなければいけません。祖父母たちが車に乗って移動していくのを見送って、駅に向かいます。道中、私は母に沈んだ心持の中、問いかけました。なぜ、弟は泣かないのか、なぜ、■■は泣かなかったのか、と。葬式で弟は泣きませんでした。あなたのお兄ちゃん、■■も泣きませんでした。関わり合いが少なかったから？　確かに、あなたとは一回しかあったことがありませんでした。もう既に、涙は出尽くしたから？　どうでしょう。私はなんにも知りません。
　母は、まだ、小っちゃいからわからないんだよ、と曖昧に私に返しました。
　確かに、確かにそうかもしれません。貴方の家族がこちらへ里帰りしたとき、家に飾られたあなたの遺影に■■は、■■だ、とせつなげにそう漏らしましたから。徐々に実感し始めているのでしょうか。
　わかっています。わからないのだと。わかっていました。でも、聞かずにはいられなかったのです。正直、火葬場まで行かなくて、正解だったような気がします。

　長々と失礼しました。

　この手紙はきちんと届いているでしょうか。電子ですから届いていないでしょうか。本当は便せんに書き起こし、燃やして届けた方良いのでしょうけど、勇気が出ない私はこうすることしかできません。
　枯れ木も増え、こちらでは先日、雪が降りました。そちらはどうでしょうか。心配せずともよいのか知れませんが、どうぞ、お身体ご自愛くださいませ　

敬具

追伸

　ご存じかもしれませんが、一昨年、あなたの弟が生まれました。あなたのお兄ちゃんもすっかり学校になれたようで、元気に毎日、登校しているようです。もし、あなたたち三兄弟が並んだところを見れたら、どれだけよかったことでしょう。もし、時間をさかのぼれたら、もし、生まれ変わりというものが本当に存在し、あなたの弟が、あなたの転生した姿だったら、そう思わずにはいられない毎日です。

　
２０２２年１１月永日

臆病なあなたの従姉(あね)より

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