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RING RING
けたたましく電話のベルが鳴る。
そのとき、私は自室のカウチで、ぼんやりとテレビを眺めていたところだった。
その日は非番だったのだ。
電話の内容は、私にとって信じがたいものだった。
レックスが死んだ。
体の感覚が薄れていき、頭の中が真っ白になった。
受話器を落とした音でふ、と我に帰った。
慌てて、今行くと伝え、"仕事着"に着替える。
窓を冷たい雨がたたく。ひどく冷える日だった。
レックスについて説明しなければならない。
それから、私のことも。
彼は警察官ではないが犯罪者を取り締まる、いわばスーパーヒーローだった。
と言っても、漫画の中のそれのように、完全に個人でやっているわけではない。
国によって年に一度行われる募集に志願して、訓練を受け、街ごとに配属される。
いわば公務員だ。
彼の本名は、私もしらない。
犯罪者からの報復を防ぐために、個人情報は徹底的に秘匿され、顔はマスクで覆う。
本名の代わりに、コードネームを使って活動をする。
レックスは、とても良いヒーローだった。
お世辞ではない。
実力的な面もあるが、彼が良いヒーローだと呼ばれる理由は、ほとんどが彼の心遣いにあった。
活動の合間に、道に飛び出す子供がいれば、引き戻して優しく注意をし、荷物を持つ老婆がいれば、老婆ごと担いで家に送り届ける。
喧嘩や訴訟があれば、行ってつまらないからやめろと言い……
手を振られれば振り返し、写真やサインにもニコニコと応じる。
彼はいつも、誰かを助けるために奔走していた。
いつも、正しい道に引き戻してやれなかったヴィラン たちのことで、頭を悩ませていた。
超スピードも、怪力も、魔法も彼は持ち合わせていなかった。
だが、最高のヒーローは誰かという話題に、度々上がるのは彼の名前だった。
今日、交通事故であっけなく死んだ彼は、ざっとそんな感じの人だった。
次は私のことだが……
特筆するようなことは、ない。
強いて言うなら、彼と同じ街でヒーローをしている男。それくらいだろう。
彼、レックスとは、特別仲が良いわけでもなかった。ごくたまに、飲みに行ったりする程度。
入る曜日も時間も違うので、会うこともあまりない。
だが私も、街の子供達がそうするみたいに、同僚のヒーロー達がそうするように、彼を慕い、また強く憧れていた。
国から支給される車に乗り込み、ハイウェイを飛ばす。
雨はだんだん強くなってきているようで、視界が悪かった。
彼はこの雨に打たれたんだろうか。
守ってきた人に、誰だかも理解されないままに死んだんだろうか。
ハンドルを切り、車を止める。
***********
おれとレックスとの戦いは、ある種の名物のようなものだった。
おれと、その仲間がなにかやって、そうするとあいつが捕まえに来る。
それから戦って、ヤバくなったら仲間の能力で逃げる。
ちなみに、勝てたことは一度もない。
認めるのは腹立たしいが、おれも奴が好きだった。街の人々と同じように。
はじめは排除すべき障害だった、それが五年の間に、ある種のライバルのような関係――向こうがそう思っていたかどうかはあやしいが――に、おれにとっての生きがいへと変わっていったんだ。
おれはただのコソ泥から、スーパーヴィランに成り上がり、仲間もできた。
ある意味、奴はおれの幸運の天使だったのかもしれない。
奴が死んだというニュースは、新聞でも、テレビでも報道されていて、おれの耳にもすぐ届いた。
ちょうど今日の計画について、仲間と話しているところだった。
最高の計画だった。今日こそ奴に一泡吹かせてやれると思ったのに。
仲間全員が嘘だと思った。あいつが、交通事故だと?そんなこと起こりっこない、誤報だ、と。
だが、テレビの映像も、新聞の一面も、本物で、嘘じゃないことはみんな分かっていた。
奴は死んだ、もういない。おれたちの邪魔になるやつが一人減ったというのに、気分は晴れない。
五年という期間があまりにも長いことに、誰も気が付いていなかった。
散歩に行くと声をかけて、アジトを出た。
向かう場所は決まっている。
おれ達が生きがいを喪っておとなしくなるのも、もしかしたら奴の策略だったのかもしれない。
そう考えるとおかしくて、小さく笑った。
本当に捕まったことは一度もなかったな。
以下、あとがきになります。
完全に蛇足ですので、読まなくても大丈夫です。
一人のヒーローの死を二人の視点から書きました。
一人は同じ町で働くヒーロー、もう一人はヴィランです。
(ここでのヴィランというのはヒーローに対する悪役のことです)
どれだけ偉大な人でも、殺人鬼でも、ヒーローでも、ただの人間にすぎない。
神様みたいな人だって結局は人で、永遠ではない。
そんなことを書きたかったです。
また、タイトルにもあるGoneという単語のもつ、"死んだ"でも、"逝ってしまった"でも表しきれない深みみたいなものがありますね。
例えば、『彼女は死んでしまった』も『彼女は逝ってしまった』も、『She's gone』とは、全く違っているように思います。
外国語だからある、訳しきれないニュアンスが私は好きです。
けたたましく電話のベルが鳴る。
そのとき、私は自室のカウチで、ぼんやりとテレビを眺めていたところだった。
その日は非番だったのだ。
電話の内容は、私にとって信じがたいものだった。
レックスが死んだ。
体の感覚が薄れていき、頭の中が真っ白になった。
受話器を落とした音でふ、と我に帰った。
慌てて、今行くと伝え、"仕事着"に着替える。
窓を冷たい雨がたたく。ひどく冷える日だった。
レックスについて説明しなければならない。
それから、私のことも。
彼は警察官ではないが犯罪者を取り締まる、いわばスーパーヒーローだった。
と言っても、漫画の中のそれのように、完全に個人でやっているわけではない。
国によって年に一度行われる募集に志願して、訓練を受け、街ごとに配属される。
いわば公務員だ。
彼の本名は、私もしらない。
犯罪者からの報復を防ぐために、個人情報は徹底的に秘匿され、顔はマスクで覆う。
本名の代わりに、コードネームを使って活動をする。
レックスは、とても良いヒーローだった。
お世辞ではない。
実力的な面もあるが、彼が良いヒーローだと呼ばれる理由は、ほとんどが彼の心遣いにあった。
活動の合間に、道に飛び出す子供がいれば、引き戻して優しく注意をし、荷物を持つ老婆がいれば、老婆ごと担いで家に送り届ける。
喧嘩や訴訟があれば、行ってつまらないからやめろと言い……
手を振られれば振り返し、写真やサインにもニコニコと応じる。
彼はいつも、誰かを助けるために奔走していた。
いつも、正しい道に引き戻してやれなかった
超スピードも、怪力も、魔法も彼は持ち合わせていなかった。
だが、最高のヒーローは誰かという話題に、度々上がるのは彼の名前だった。
今日、交通事故であっけなく死んだ彼は、ざっとそんな感じの人だった。
次は私のことだが……
特筆するようなことは、ない。
強いて言うなら、彼と同じ街でヒーローをしている男。それくらいだろう。
彼、レックスとは、特別仲が良いわけでもなかった。ごくたまに、飲みに行ったりする程度。
入る曜日も時間も違うので、会うこともあまりない。
だが私も、街の子供達がそうするみたいに、同僚のヒーロー達がそうするように、彼を慕い、また強く憧れていた。
国から支給される車に乗り込み、ハイウェイを飛ばす。
雨はだんだん強くなってきているようで、視界が悪かった。
彼はこの雨に打たれたんだろうか。
守ってきた人に、誰だかも理解されないままに死んだんだろうか。
ハンドルを切り、車を止める。
***********
おれとレックスとの戦いは、ある種の名物のようなものだった。
おれと、その仲間がなにかやって、そうするとあいつが捕まえに来る。
それから戦って、ヤバくなったら仲間の能力で逃げる。
ちなみに、勝てたことは一度もない。
認めるのは腹立たしいが、おれも奴が好きだった。街の人々と同じように。
はじめは排除すべき障害だった、それが五年の間に、ある種のライバルのような関係――向こうがそう思っていたかどうかはあやしいが――に、おれにとっての生きがいへと変わっていったんだ。
おれはただのコソ泥から、スーパーヴィランに成り上がり、仲間もできた。
ある意味、奴はおれの幸運の天使だったのかもしれない。
奴が死んだというニュースは、新聞でも、テレビでも報道されていて、おれの耳にもすぐ届いた。
ちょうど今日の計画について、仲間と話しているところだった。
最高の計画だった。今日こそ奴に一泡吹かせてやれると思ったのに。
仲間全員が嘘だと思った。あいつが、交通事故だと?そんなこと起こりっこない、誤報だ、と。
だが、テレビの映像も、新聞の一面も、本物で、嘘じゃないことはみんな分かっていた。
奴は死んだ、もういない。おれたちの邪魔になるやつが一人減ったというのに、気分は晴れない。
五年という期間があまりにも長いことに、誰も気が付いていなかった。
散歩に行くと声をかけて、アジトを出た。
向かう場所は決まっている。
おれ達が生きがいを喪っておとなしくなるのも、もしかしたら奴の策略だったのかもしれない。
そう考えるとおかしくて、小さく笑った。
本当に捕まったことは一度もなかったな。
以下、あとがきになります。
完全に蛇足ですので、読まなくても大丈夫です。
一人のヒーローの死を二人の視点から書きました。
一人は同じ町で働くヒーロー、もう一人はヴィランです。
(ここでのヴィランというのはヒーローに対する悪役のことです)
どれだけ偉大な人でも、殺人鬼でも、ヒーローでも、ただの人間にすぎない。
神様みたいな人だって結局は人で、永遠ではない。
そんなことを書きたかったです。
また、タイトルにもあるGoneという単語のもつ、"死んだ"でも、"逝ってしまった"でも表しきれない深みみたいなものがありますね。
例えば、『彼女は死んでしまった』も『彼女は逝ってしまった』も、『She's gone』とは、全く違っているように思います。
外国語だからある、訳しきれないニュアンスが私は好きです。
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作者名:ロイヤルストリート | 作成日時:2017年3月17日 20時