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好きだから、死なないでくれと伝えた。
その言葉は「ばか」と簡潔な一笑に付された。彼が殺した、お粗末な葬儀に見送られた言葉だった。
・
「いかないでよ」
私はひらひら飛んでゆきそうな服の端を掴む。大空に羽ばたいてゆこうとする蝶の羽を毟り取る勢いで鷲掴む。
馬鹿なことを言う。
駄々をこねる。
「こら」
折り曲げた中指の第一関節で扉のように額を叩かれた。そこをノックしても出てくるものはきっとあなたとこの国に都合の悪いものだけだった。
窘めるような眼差しで彼は言う。正しさを背負って彼は言う。
物事は多面的で見るべきだ。そうでないと私たちの自由は保障されず発展も糞もない。画一的な人間が闊歩する国だなんて、恐怖だ。それは最早人間などではなくて、コンピュータや妖の類だろう。
なので、私の正しさは正しい。私にはきちんとした根拠がある。
「やめて」
あなたが窘めることで、私がおかしいものになってしまうでしょう。いつもそうだ。いつもいつもあなたは私を困って見つめる。困って窘めて、あなたの優しさというらしい気遣いで、私を間違ったものにする。あなたは私のことを何もわかっていない。私はそのことを知っている。
あなたの輪郭、匂い、眼差し、温度、声、すべてを網膜に焼き付ける勢いで見つめる。眉尻は私のせいで下がっている。私を前にした彼はいつも眉尻やら目尻やらがこのように緩んでいた。彼が私には弱かったことを、知っていた。できるだけ尊重しようとしてくれていることを、よく知っている。ならば今、私の為に行かないことを決定してほしい。共に全てを置いて逃げようかと、笑いかけてほしい。
あなたの温度は私を絶望させる。愛の混じる瞳に、私は首を振った。
「やめてよ……」
「国のためなんだ」
お国の為に尽くしましょう。まばゆい勝利を掴みましょう。
「こんな国、」
あなたはコンピュータではないでしょう。あなたは妖でもないでしょう。あなたの小麦の皮膚の下には、赤と青が貴く張り巡らされているでしょう。
あなたは優しいひとでしょう。あなたの心は脈打つでしょう。あなたはひとを愛して生きる。
あなたに鉄塊は似合わない。
あなたは自然が大好きで、動物も人間もこの上なく愛しんでいた。あなたは青空がよく似合って、日に焼けてすっかり茶色くなった髪の毛がさらさらと風に靡く様子を見つめるのが好きだった。
「とはいうけど、ただ、きみが幸せに生きられる世界になればいい」
あなたがいなくちゃ幸せではないわと、よっぽど噛みつこうかと思った。思ったけれど、私の言葉は湯に落とされた砂糖のようにじわじわと溶けてうちなるものに染みだし、彼の温度に喉を絡ませているうちにあえなく消えた。たった今言えなかったものになったそれは、質量を持って流れ出した。
馬鹿なことを言った。駄々をこねた。
正しいけれど、その正しさは今じゃない。きっと、この未来の先に立つ者が口にするもの。
どうして私達はその光の中にいないのだろうか。
「そろそろ行かなくちゃいけない」
彼は知っている。私が自分の事を愛していることを。私が沢山の言葉を奥の歯で噛み殺しているであろうことも。
「じゃあ、またね」
衣服に墨のような染みを作った私の涙を一瞥し、微笑を漏らす。そして網膜に焼き付けるように私を見つめた。唇を指でなぞって、輪郭を撫でて、離れた。
「きっとよ」
「……うん、きっと」
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好きだから、死なないでくれと伝えた。
その言葉は「ばか」と簡潔な一笑に付された。彼が殺した、お粗末な葬儀に見送られた言葉だった。
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「いかないでよ」
私はひらひら飛んでゆきそうな服の端を掴む。大空に羽ばたいてゆこうとする蝶の羽を毟り取る勢いで鷲掴む。
馬鹿なことを言う。
駄々をこねる。
「こら」
折り曲げた中指の第一関節で扉のように額を叩かれた。そこをノックしても出てくるものはきっとあなたとこの国に都合の悪いものだけだった。
窘めるような眼差しで彼は言う。正しさを背負って彼は言う。
物事は多面的で見るべきだ。そうでないと私たちの自由は保障されず発展も糞もない。画一的な人間が闊歩する国だなんて、恐怖だ。それは最早人間などではなくて、コンピュータや妖の類だろう。
なので、私の正しさは正しい。私にはきちんとした根拠がある。
「やめて」
あなたが窘めることで、私がおかしいものになってしまうでしょう。いつもそうだ。いつもいつもあなたは私を困って見つめる。困って窘めて、あなたの優しさというらしい気遣いで、私を間違ったものにする。あなたは私のことを何もわかっていない。私はそのことを知っている。
あなたの輪郭、匂い、眼差し、温度、声、すべてを網膜に焼き付ける勢いで見つめる。眉尻は私のせいで下がっている。私を前にした彼はいつも眉尻やら目尻やらがこのように緩んでいた。彼が私には弱かったことを、知っていた。できるだけ尊重しようとしてくれていることを、よく知っている。ならば今、私の為に行かないことを決定してほしい。共に全てを置いて逃げようかと、笑いかけてほしい。
あなたの温度は私を絶望させる。愛の混じる瞳に、私は首を振った。
「やめてよ……」
「国のためなんだ」
お国の為に尽くしましょう。まばゆい勝利を掴みましょう。
「こんな国、」
あなたはコンピュータではないでしょう。あなたは妖でもないでしょう。あなたの小麦の皮膚の下には、赤と青が貴く張り巡らされているでしょう。
あなたは優しいひとでしょう。あなたの心は脈打つでしょう。あなたはひとを愛して生きる。
あなたに鉄塊は似合わない。
あなたは自然が大好きで、動物も人間もこの上なく愛しんでいた。あなたは青空がよく似合って、日に焼けてすっかり茶色くなった髪の毛がさらさらと風に靡く様子を見つめるのが好きだった。
「とはいうけど、ただ、きみが幸せに生きられる世界になればいい」
あなたがいなくちゃ幸せではないわと、よっぽど噛みつこうかと思った。思ったけれど、私の言葉は湯に落とされた砂糖のようにじわじわと溶けてうちなるものに染みだし、彼の温度に喉を絡ませているうちにあえなく消えた。たった今言えなかったものになったそれは、質量を持って流れ出した。
馬鹿なことを言った。駄々をこねた。
正しいけれど、その正しさは今じゃない。きっと、この未来の先に立つ者が口にするもの。
どうして私達はその光の中にいないのだろうか。
「そろそろ行かなくちゃいけない」
彼は知っている。私が自分の事を愛していることを。私が沢山の言葉を奥の歯で噛み殺しているであろうことも。
「じゃあ、またね」
衣服に墨のような染みを作った私の涙を一瞥し、微笑を漏らす。そして網膜に焼き付けるように私を見つめた。唇を指でなぞって、輪郭を撫でて、離れた。
「きっとよ」
「……うん、きっと」
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作者名:乱れ桜 | 作成日時:2025年1月19日 19時