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小|中|大|人間不信という言葉を聞いたことがありますか?
意味は漢字の通りです。人間が信じられないという事です。
私は小学4年生のあたりから人間不信です。周りの友達には教えていませんが私はあまり人を信じることができません。
私の他にも人が信じられない人がいると思います。これはそんな人に私が同情したくて作ったホムペです。
人が信じられないという人はもちろんのこと、できたらそうでない人にも見てもらいたいです。
あなたの周りにももしかしたら隠しているだけで人間不信の人がいるかもしれません。
もしこのホムペに問題がありましたらコメント欄を解放しておきますのでコメントを下さい。
コメント返信は行いませんが問題点を詳しく教えてくだされば速やかに対応致します。
意味は漢字の通りです。人間が信じられないという事です。
私は小学4年生のあたりから人間不信です。周りの友達には教えていませんが私はあまり人を信じることができません。
私の他にも人が信じられない人がいると思います。これはそんな人に私が同情したくて作ったホムペです。
人が信じられないという人はもちろんのこと、できたらそうでない人にも見てもらいたいです。
あなたの周りにももしかしたら隠しているだけで人間不信の人がいるかもしれません。
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私が人間不信になったのは小学4年生の頃です。人間不信の前触れなのでしょうか?まず私は大人が嫌いになりました。
最初は親から始まりました。私の親は厳しいところはとことん厳しかった親でした。
そして親は食事中のルールにとても厳しい人たちでした。食事中に喋ることはほとんど許されませんでした。
父親曰くご飯は黙って食べてこそ美味しいものだそうで。
だからとても食事中は寂しかったです。うっかり喋ると怒られて逆にご飯が美味しく感じられませんでした。
だから私にとって学校での給食の友達と話しながらご飯が食べれる環境がとても好きでした。
しかし、私の両親は普通に喋りながらご飯を食べていたのです。
その後、このルールはほとんど無くなりました。あまり怒られなくなりました。
口に食べ物を入れながら喋ることのみ怒られるようになりました。
しかし、時間が経つとその目的が「美味しくご飯を食べるため」ではなく「食べるのが遅くなり迷惑をかけるから」に変わっていました。
私はそれがきっかけとして大人は自分勝手だと思いました。
そして自分勝手な大人として私の目が向かったのは政治家でした。
私は今でも政治家があまり好きではありません。自分勝手なことを言っているように聞こえることがまだまだあります。与野党関係なくです。
そして学校にてとある事件が起こりました。
私の友達が昼休みの時私と遊ぶ約束をしていたにもかかわらず他の友達と外で遊んでいました。
その時から私は友達の感情を信じられなくなりました。本当は自分のことを嫌っているのに無理に付き合ってくれているのかもしれないと思うようになりました。
友達へのこの感情は今でも変わりません。本当は自分の事が嫌いなんじゃないかって思ってます。
そのせいか私はせめて嫌われないようにと他人にいい顔をするようになりました。
幸い私は中学を受験して殆どの小学生の頃の友達とは別れました。
だから心置きなく誰にでも基本的には優しく接するようになりました。
(ちなみに小学生の頃はちくるのが大好きな最低野郎でした)
でもやはり仲のいい友達ができたとしても私は同じような感情を抱いてしまうのです。
本当は自分のことが嫌いなんじゃないか…と。私はそのせいで友達と接するのがとてもきごちないです。
私は今の学校に1人だけ心置きなく接することができる友達がいます。まぁ相手が友達だと思っているかはわかりませんが。
ある日、その友達が、とりあえずいろいろあって
「そんなことしてると嫌われるよ?」
と、笑いながら言ってきました。たぶんふざけて言ったんだと思います。
そして私は
「大丈夫だよ。〇〇さん以外にはしてないから。それに元から嫌われてるだろうし」
と言ったら、
「うん、知ってる」
と、言われました。その時その人はニヤついていました。だからたぶん嘘だったのかもしれません。
でも私はかなり心にグサっときました。これが本当だったらどうしようって。
その人自身にも好かれている自信は全くありません。
私は人間不信になってから友達の数がぐんと減りました。
小学校の頃は元から仲が良かった子が多かったので(もちろん好かれている自信はありませんでしたが)友達が減った実感はありませんでした。
しかし、中学生になってから友達の数がぐんと減りました。私は思考がかなり老人化しているので若者嫌いがあるとというのもありましたが人間不信のせいでもあるかと思います。
本当はもっと仲のいい子が欲しいです。友達がたくさん欲しいです。
この感情さえなければ私はたぶん中学校生活をもっと楽しんでいたかもしれません。
人間不信の方々へ
私の上の文章は同情になっていないかもしれませんがとにかく私も人間不信であるということを、仲間であることを伝えたかっただけです。
でも、もしかしたらこの文章自体を信じることができないかもしれませんね。私でもそうかもしれません。
人間が信じられないということはたぶん悪いことではないと思います。良い意味で言えば「慎重」とでも言うのでしょうか。
むしろ、どの情報も信じまくるよりは疑う方が私はいいと思います。
私は証拠がないと何もかも信じることができません。だから私は理科がとても好きです。
でも、人の感情を読み取ることは出来ませんよね。それに嘘発見器だってないですもん。
そして人間不信ではない方々へ
人間不信とは治るものなのかどうか分かりません。私の場合はたぶん治らないと思います。
もしかしたらあなたの周りには人のことが信じられない人がいるかもしれません。
そういう人には無駄だと分かっていても優しく接してあげてください。
だんだんその人の人間不信が治ってくるかもしれませんよ。
その人があなたのことを信じるようになり、いつのまにか人間不信が治っているかもしれません。
そしてあなた方には理解しがたいこの感情についての私の駄文を読んでくださりありがとうございます。
コメント返しはしない予定ですがどうしてもしたくなった場合はこのホムペにて返したいと思います。
何故ならコメントがたくさん来て(まぁ来るとは思ってませんけど)そのコメントが消えてしまうかもしれないから。
そして私が匿名でこのホムペを書いているということもあります。
どうしても返信したくなったコメントへの返信は随時行わせていただきます。
最初は親から始まりました。私の親は厳しいところはとことん厳しかった親でした。
そして親は食事中のルールにとても厳しい人たちでした。食事中に喋ることはほとんど許されませんでした。
父親曰くご飯は黙って食べてこそ美味しいものだそうで。
だからとても食事中は寂しかったです。うっかり喋ると怒られて逆にご飯が美味しく感じられませんでした。
だから私にとって学校での給食の友達と話しながらご飯が食べれる環境がとても好きでした。
しかし、私の両親は普通に喋りながらご飯を食べていたのです。
その後、このルールはほとんど無くなりました。あまり怒られなくなりました。
口に食べ物を入れながら喋ることのみ怒られるようになりました。
しかし、時間が経つとその目的が「美味しくご飯を食べるため」ではなく「食べるのが遅くなり迷惑をかけるから」に変わっていました。
私はそれがきっかけとして大人は自分勝手だと思いました。
そして自分勝手な大人として私の目が向かったのは政治家でした。
私は今でも政治家があまり好きではありません。自分勝手なことを言っているように聞こえることがまだまだあります。与野党関係なくです。
そして学校にてとある事件が起こりました。
私の友達が昼休みの時私と遊ぶ約束をしていたにもかかわらず他の友達と外で遊んでいました。
その時から私は友達の感情を信じられなくなりました。本当は自分のことを嫌っているのに無理に付き合ってくれているのかもしれないと思うようになりました。
友達へのこの感情は今でも変わりません。本当は自分の事が嫌いなんじゃないかって思ってます。
そのせいか私はせめて嫌われないようにと他人にいい顔をするようになりました。
幸い私は中学を受験して殆どの小学生の頃の友達とは別れました。
だから心置きなく誰にでも基本的には優しく接するようになりました。
(ちなみに小学生の頃はちくるのが大好きな最低野郎でした)
でもやはり仲のいい友達ができたとしても私は同じような感情を抱いてしまうのです。
本当は自分のことが嫌いなんじゃないか…と。私はそのせいで友達と接するのがとてもきごちないです。
私は今の学校に1人だけ心置きなく接することができる友達がいます。まぁ相手が友達だと思っているかはわかりませんが。
ある日、その友達が、とりあえずいろいろあって
「そんなことしてると嫌われるよ?」
と、笑いながら言ってきました。たぶんふざけて言ったんだと思います。
そして私は
「大丈夫だよ。〇〇さん以外にはしてないから。それに元から嫌われてるだろうし」
と言ったら、
「うん、知ってる」
と、言われました。その時その人はニヤついていました。だからたぶん嘘だったのかもしれません。
でも私はかなり心にグサっときました。これが本当だったらどうしようって。
その人自身にも好かれている自信は全くありません。
私は人間不信になってから友達の数がぐんと減りました。
小学校の頃は元から仲が良かった子が多かったので(もちろん好かれている自信はありませんでしたが)友達が減った実感はありませんでした。
しかし、中学生になってから友達の数がぐんと減りました。私は思考がかなり老人化しているので若者嫌いがあるとというのもありましたが人間不信のせいでもあるかと思います。
本当はもっと仲のいい子が欲しいです。友達がたくさん欲しいです。
この感情さえなければ私はたぶん中学校生活をもっと楽しんでいたかもしれません。
人間不信の方々へ
私の上の文章は同情になっていないかもしれませんがとにかく私も人間不信であるということを、仲間であることを伝えたかっただけです。
でも、もしかしたらこの文章自体を信じることができないかもしれませんね。私でもそうかもしれません。
人間が信じられないということはたぶん悪いことではないと思います。良い意味で言えば「慎重」とでも言うのでしょうか。
むしろ、どの情報も信じまくるよりは疑う方が私はいいと思います。
私は証拠がないと何もかも信じることができません。だから私は理科がとても好きです。
でも、人の感情を読み取ることは出来ませんよね。それに嘘発見器だってないですもん。
そして人間不信ではない方々へ
人間不信とは治るものなのかどうか分かりません。私の場合はたぶん治らないと思います。
もしかしたらあなたの周りには人のことが信じられない人がいるかもしれません。
そういう人には無駄だと分かっていても優しく接してあげてください。
だんだんその人の人間不信が治ってくるかもしれませんよ。
その人があなたのことを信じるようになり、いつのまにか人間不信が治っているかもしれません。
そしてあなた方には理解しがたいこの感情についての私の駄文を読んでくださりありがとうございます。
コメント返しはしない予定ですがどうしてもしたくなった場合はこのホムペにて返したいと思います。
何故ならコメントがたくさん来て(まぁ来るとは思ってませんけど)そのコメントが消えてしまうかもしれないから。
そして私が匿名でこのホムペを書いているということもあります。
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設定タグ:人間不信 , オリジナル作品
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作成日時:2020年6月21日 20時