二人だけの【BL松】

うちのキティはシャイボーイだ。


罵詈雑言を浴びせられるのは毎日のこと。じっとりと睨みつけるような視線で吐き出された言葉は、やっぱり少し息苦しく感じる。
鈍器を投げられた時にはやっぱり痛かったし、あの猫化したときの鋭い爪で引っ掻かれるのも傷の一つや二つは必ずしも残る。爪で、だから消えることも勿論ない。
「クソ松」の呼び方も、もはや聞きなれてしまうまでに定着している。
これだけ聞けば、俺は相当例の弟から嫌われているのだと捉える人も居るだろう。だが一松がこうなるのは、「兄弟といるとき」だけだ。


「パチンコ行く人ぉ〜！」
万年金欠の癖して、おそ松は右手を上げてこう叫んだ。その手には本当に兄貴の所持金かは断定できない、千円札がひらひらと揺れている。
「今日俺勝てちゃう気ぃするんだよねぇ」
「馬鹿か！そうやって遊んでる暇あったら、就活でも」
「あれー？勝てたら、お兄ちゃんがチョロちゃんの飲み代奢ってあげるのになぁ？」
にまにまと人の悪い笑みをチョロ松に向けるおそ松。あの笑みは、向けられる当事者で無くても少々腹が立つ。ひらり、お札がチョロ松を誘惑するように揺れる。
「どーすんの？」
「……行くよ、くそ！」
噛みつくように言った弟に、「そうこなくっちゃ」と目を細めるおそ松。やっぱりこいつは腹が立つ、……兄として。
「はいはーい！僕も行きマッスル！」
にぱっ、とそこに向日葵でも咲いたかのように笑うのは十四松。黄色パーカー長い袖を突き上げて、「勝ったら兄さんのおごり〜！！！」とばたばた動き始める。天井を突き破る勢いでジャンプし始めたから、俺はそれに苦笑した。
「ノンノンじゅうしまぁーつ？そんなに跳ねたら、天井がブレイクしてしまうぜ？だぁいじょうぶだ、兄貴は優しいから負けても焼肉奢ってくれるだろ。なぁ？」
「マジで〜！？」
「ちょっと待てカラ松！？お前、お兄ちゃんにだけあたりきつくない！？」
「気のせいだ」
すん、とそっぽを向いて。ぎゃいぎゃいと喚くおそ松を放っておいたら、隣でトド松が「焼肉なら付いていこうかな〜」とスマホをスクロールしながら呟いていた。


「お前ら、ぜーったい焼肉はねぇからなぁ！？」
「はいはい、おそ松兄さん行くよ〜」
おそ松の背中はトド松が押して部屋を出て行く。チョロ松と十四松が腰をあげ、俺も立ち上がろうとしていたその時。
ぱちり、部屋の隅にいた紫と目が合う。ぱくぱく、と口を動かして、それから首を傾げる仕草。
……嗚呼、なるほど。
「カラ松、行かないの？」
チョロ松が俺を見降ろしながらそう聞いた。俺は「ああ、そうだなぁ」と苦笑いして。
「生憎、迷える子猫ちゃんとの約束を思い出してしまったんだ。人の金で食うほど美味い肉は無いだろうが、どうしても外せない用でな」
「あっそ」
チョロ松はその先は何も聞かずに、しらけた目を向けて俺から離れた。
「どうせまた振られて帰ってくるんでしょ。補導される前に逃げてよ」
「オフコースだ」
ひら、と手を振ると、緑の弟は「十四松行くぞ」と彼から離れようとしない十四松を引っ張って部屋を出て行った。
急に、しんと静まり返る部屋。四人が居なくなるとここまで静かになるのか、と思うほどだ。ふぅ、と息を吐き出す。すると、とん、と肩に何かが当たった。
「……カラ松」
「どうした？」
一松の俺より一回り小さい身体が寄り添っている。睨んだ目、なんかでは無く優しい瞳で俺を見つめるのに、きゅうと心臓が跳ねた。するり、と彼の柔らかな髪を梳き、目元を緩める。一松は、ぽそぽそと喋りだした。
「良く分かったね……、俺が残ってほしいって思ったの」
「お前のことなら分かるさ。何たって、俺のハニーのことだから」
「ふへっ、チョロ松には迷える子猫ちゃんなんて言ったのに……」
「あながち間違ってるとも言えないだろ？」
「そう……？」
「違うと思うけど……」とは言いながらも、一松はちょっぴり嬉しそうだ。その普段見れない特別な表情が可愛くて、ちゅぷ、とその唇に啄むようなキスをした。
「愛してるぞ、一松」
「はいはい、俺も愛してますよ」
頬をほんのりと桜色に染めた一松は、今まで出会った誰よりも綺麗で美しい。
「デートがてら、俺たちも焼肉行くか？」と聞いたら、一松は「あいつらと鉢合わせするなんて御免だから、お好み焼き屋でお好み焼きともんじゃ半分こしよ」と笑った。