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____少し、昔話をしようか。



もう随分と遠い昔の話だけど。



君が生まれるもっと前、


はるか遠くの時代の


名の無い優しい少女と


今よりも遥かに無知で愚かだった神の話。


▷▷▷▷▷
有栖ともうします。

ちょっとした物語をひとつ。
神様が泣いた。

と言ったら、誰もが、涙を流す様子を思い浮かべるのだろうか。

泣いた、と言えば、それしかないのかもしれない。だけど、考えてみてほしい。神様なのだ。泣いたのは。
人間のはるか上の存在。自然を操り、膨大な知識を持ち、果てしないほどの時間の中を過ごしている。時として姿を変え、気まぐれに現れたり、閉じ籠ったり。崇め、奉られ、捧げられ。

作物や祈祷、そして、人間。

人身御供。
人柱。

誰が考えたのだろう。
何故、そうすることで神の怒りを鎮められると思ったのだろう。


馬鹿馬鹿しい。

と、切れ長の目を更に細め彼は言った。
彼もまた、神だった。

あれは寧ろ、僕達を愚弄しているよ。
神を何だと思ってるんだ。
化け物だとでも思ってるのかな。
まあ、化け物なのか。

神はふん、と鼻を鳴らした。
ここまで言うのは珍しいと思いながら、そうですね。と作業をしながら相槌を打つ。

俺の時もありましたね。
確かに、子供や女性が連れていかれるのを見てていい気はしなかったし、辛かったな。

そんな事を言うと神はふふふ、と笑った。

やっぱり君は良い子だね。そんな風に思えたんだもの。

当たり前じゃないですか、と返せば、神は苦笑いをした。

うーん・・・当時はやっぱり仕方がない、で済まされてたからね。酷いときは人の役に立てたんだから良いだろうって、考える人間も居た。まあ、時代がそうさせたんだろうね。
そんなときでも心を痛めることが出来た君は優しい子だよ。当時も君みたいな子はたくさん居ただろう。

神はため息をつき、それからいつも浮かべる笑みよりももっと優しく笑う。
その笑みは片手で数える程しか見たことがなかった笑みだったので、これは真面目に聴かなければ、と動かしていた手を止める。

だから、僕は人が嫌いじゃないんだよ。
どんな時代にも人を思いやれる子がちゃんと居るから。
人を思いやることができるのはとても良いことだよ。

と神は言った。少し間をおいて、ただ...と目を伏せる。
己の掌を見つめ、ゆっくりと、吐き出すように呟いた。


──────他人を思いやりすぎて、自分を失くしてしまっては意味がないんだ。


静かに発せられたその言葉にはっと顔を上げる。

神は嗚呼。そうだったね、と慈愛に満ちたともいえる優しい声で言葉を紡いだ。


君も、人の為にと行動して、自分を失くしてしまっていたね。


君は今でこそ真面目で勤勉な苦労人だけど、かつて鬼を倒し、英雄となった桃太郎だものね。
そんな君は亡者となってからあの鬼の元に押しかけ、返り討ちにあった。
その後、君は落ち着くべきところに落ち着けたけどね。

神は続けて言った。

村を救うために鬼を退治し、英雄として讃えられた。高いところに持ち上げられた。だから降りられなくなってしまった。
君はとても優しいからきっと、皆の英雄像を壊したくなかったんだろうね。
うん。その優しさは素敵だと思うよ。
でもね、その優しさは君自身を殺してしまった。殺してしまったは言い過ぎかな?だけど、そうだよね。人々を幻滅させてはいけない。失望させてはいけない。だって"桃太郎"は英雄なのだから。英雄らしく、また何かを成し遂げなければ。

君は別に英雄と讃えられていい気になっていたわけじゃなかった。ただ、優しすぎて、他人のことを考えすぎただけ。
だから、地獄まで行って鬼退治をしようとしたんだ。
自分を見失っていただろう?

だって今、桃タロー君...とても生き生きとした顔をしているよ。

ね?

他人を思いやりすぎても駄目なんだ。

自分を失う。
殺してしまう。
壊れていく。

僕は何度も見てきたよ。

他人の心に、自分の心に、押し潰されてきた優しい子達を。



神はそこまで言って息をついた。俺の淹れた茶を喉に流し込む。
その瞳は優しく、哀しいものだった。
この人がこんな顔をするなんて...と些か驚いたが、取り合えず、茶をまた湯飲みに注いで椅子に座る。そして口を開いた。

神が────神様が話し始めた。




____少し、昔話をしようか。



もう随分と遠い昔の話だけど。



君が生まれるもっと前、


はるか遠くの時代の


名の無い優しい少女と


今よりも遥かに無知で愚かだった神の話。



長くなるかもしれないけど、


聴いてくれる?







ずっと昔。

とある村に一人の女の子がいたんだ。

女の子には両親がいなかった。天涯孤独だったんだ。
村の者は誰もその子を気にとめなかったし、引き取ろうともしなかった。
小さなあばら屋で暮らしていた。

それでも、女の子はとても優しかった。

他人のために行動する。そんな子だった。

ある日。

少女は一匹の獣を見つけたんだ。足に怪我を負った白い獣。
獣と言っても、ただの獣じゃない。

神様だった。

普通なら、近づかないであろう存在に彼女は躊躇なく触れ、手当てをしてくれた。
その神様は人間に好意的だったから、女の子と神様は言葉を交わしてね。
すぐに仲良くなった。

女の子は毎日来た。
色んな話をしてくれた。
万物を知る神だったけれど、女の子の話はとても新鮮に感じたんだ。

神様はそんな優しい女の子が大好きだった。

だけど、世界は残酷だったんだ。

村では日照りが続き、作物が育たなくなって餓死する人々も多くなった。

だから村人たちは考えた。

───そうだ。神様にお願いしよう。
しかし、ただでは駄目だろう。
人身御供だ。
では誰を?
あの少女はどうだろう。神と親しく、親兄弟も居ない。
そうだ。
そうしよう───




女の子はそれを受け入れた。

彼女は言ったんだ。

『私のことは好きなようにしてください。そして、村に恵みを与えてください。』

神様はそれを拒んだ。

───そんなもの要らないよ。だから帰っていいんだよ。

神様は彼女を憐れんだ。

そんなことしなくても、ちゃんと、雨を降らせてあげるから。
だから帰っていいんだよ。


────ちゃんと、そこまで伝えていれば良かったんだ。


女の子は、その日
崖から飛び降りて、死んだ。


手ぶらで村には帰れないと、思ったんだろうね。

あの子は、優しすぎた。

何もできなかった自分を責めて、責めて、命を絶った。

誰が悪かったんだろうね。

彼女を選んだ村人か、彼女を拒んだ神様か、自ら命を絶った、彼女か。

女の子が死んだ翌日、村には雨が降った。

どしゃ降りの雨。
何日も、何日も止むことなく降り続けた。

最初は手を叩いて喜んだ村人たちも、氾濫した川の水にのまれ、死んだ。

村は流されたよ。

何にも残らなかった。


...雨が降ったのはね、


『神様』が"泣いた"からなんだよ。





「ま、その神様ってのが僕なんだけどね」

白澤はそう言って、けらけらと愉しそうに笑う。

「はあ...まあ、そりゃそうでしょうね」

桃太郎は冷めきった茶を下げようと盆を机にのせ、言った。

「それより、座ってないで仕事してくださいよ」
「えー?
何かさぁ、もうちょっと感慨深そうにしてくれてもいいんじゃない?結構良い感じだったでしょ?」

ため息をついて仕事をしろと言う桃太郎に対し、白澤は子供のように頬を膨らまして文句を垂れる。
大の大人がそんなことやっても可愛くねぇよ...と桃太郎は冷めた眼で白澤を見た。

「まあ...、その女の子は可哀想ですけど...、」
「そうだよねぇ。可哀想だよねぇ。
...もし僕があの子を受け入れていたら、あの子は幸せになっていたかな?」

白澤の言葉を聞いて、桃太郎は首をかしげた。

「何で受け入れなかったんですか?
白澤様、その女の子のこと好きだったんでしょう?」
「んー、まぁね...。多分、初恋かなぁ」
「え。白澤様って恋するんですか?」
「いや、するよ? 普通に」

桃太郎は意外そうにへえ、と相槌を打つ。

白澤という男は女の子大好き!ではあるが、誰か一人の女性を愛するタイプ...というか淡い恋なんてしたことがないと思っていたからだ。

「大好きだったんですね」
「...うん。大好きだった。
酷いことをしてしまったなぁって思ってる。
僕はとても酷い神様なんだよ」

白澤は自嘲気味に笑う。
桃太郎はきょとんと白澤を見る。

「酷い...? 白澤様が? 何でですか?」
「何でって...、あの子を受け入れず、死なせてしまったし、村をひとつ、流してしまったし...」
「...それって、白澤様の優しさじゃないんですか?」
「優しさ?」
「そうですよ。受け入れなかったのは女の子のためを思ってやったことで、村が流れたのは白澤様が泣いたからですけど、それも女の子のことを想って泣いただけですよね?」

別に酷くないじゃないですか。
桃太郎はそう言って笑った。
白澤は虚をつかれたように目を丸くする。
それから可笑しそうに笑った。

「え?俺、おかしなこと言いました?」
「いいや。全然!ありがとうね」
「はぁ...?」

桃太郎は首を傾げた。




「.....大好きだったから、受け入れなかったんだよ。
僕は彼女の意思で僕の元へ来てほしかった」

白澤の呟きは誰にも届きはしなかった。
桃太郎は既に仕事に戻っている。
仕事熱心だなぁ。感心感心。
などと思いながら頬杖をつき、桃太郎の姿を眺める。

初めは男と聞いて乗り気ではなかったし、桃太郎が働き始めた頃も女の子だったら良かったのに...と思っていた白澤だが、今ではなかなか悪くはないと思えるようになってきた。
どこかの補佐官などは「桃太郎さんが来てから大分納期に間に合うことが多くなってきましたね。ありがたいです。」と言っていた。

『白澤様はお家あるの?』
『家?そうだなぁ。あの空の上にあるよ』
『ひとり?』
『そうだよ。君と同じだね』
『さみしくないの?』
『君は寂しいの?』
『...「おかえり」って言ってくれる人が居ないのは、さみしいよ。
「おかえり」「ただいま」
「行ってらっしゃい」「行ってきます」

...たったそれだけで、きっと、すっごく嬉しいと思うんだ』

ああ、そんなやり取りもしたっけなぁ。
白澤は懐かしそうに目を細める。
久しぶりに話をしたからだろうか。
もう随分昔のことが鮮明に思い出せる。

優しかったけど、ちょっと気は強かったな。
とても強い子で、泣くところは見たことがなかったっけ。
あ、そうそう。桃が大好物だったんだよなぁ。

───何だか人肌が恋しくなってきた。花街に行こうかな。

「桃タロー君、ちょっと出かけてくるね」
「花街ですか?」
「夕方には帰ってくるから」
「本当かなぁ...」
「本当だって。...そういえば最近、やたら時間を気にするけど、どうしたの?」

白澤が訊ねると、桃太郎はいやー、と頬を掻きながら理由を告げる。その理由に白澤は目を見開いた。

「そんなに遅くない時間に帰ってくる時は、ちゃんとおかえりなさいって言いたいんで...。
ほら、お帰りなさいって言う人が居ないのは寂しくないですか?」

余計なお世話だったらすみません、と桃太郎は頭を下げる。
そういえば、そうだ。桃太郎は白澤が帰ってくるといつも「お帰りなさい」と迎えてくれていた。当たり前になっていたから気付かなかったが。
そして白澤も自然と「ただいま〜」と返していたのだ。

「....そっか。うん。その通りだね」
「何がですか?」
「んーん、何でも!絶対夕飯までには帰ってくるからね!」
「あ、はい。分かりました。

行ってらっしゃい」

「─────行ってきます」


外に出ると、甘い桃の香りが鼻腔を擽った。白澤は柔らかい笑みを浮かべながら鼻唄を歌う。
足取りは軽い。
その理由は花街でもこれから出会うであろう美しい女性達でもなくて。

____「ただいま」って言って、

「お帰りなさい」って返ってきて、

それから二人で「いただきます」って美味しいご飯食べて、「ごちそうさま」を言って、

「お休みなさい」

...それから、「おはよう」_____

何だか良いじゃないか。
まるで家族みたいだ。

そっか。うん。その通りだね。
すっごく嬉しいし、とても楽しい。
君の言う通りだ。



その日、現世では雨が降った。

それはいつもとはどこか違っていて、
とても柔らかい雨だった。
それは神の恵みの雨のようで。
草木は嬉しそうに葉を揺らした。
雨が止むと虹が架かった。



どこかの誰かが呟いた。



神様が泣いている。

何か幸せなことでもあったのだろうか_____と。

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アリス@リア狂さん - (o;д;)o泣いちゃいました、すごいですね!とても素敵なお話でした!(*’ω’ノノ゙☆パチパチ (2019年5月1日 15時) (レス) id: 0e744982cb (このIDを非表示/違反報告)
愛桜彩 - とても素敵なお話でした(´ノω;`) (2019年4月22日 22時) (レス) id: 6b884c153e (このIDを非表示/違反報告)
はっくん - むちゃくちゃウルってきた (2019年4月20日 19時) (レス) id: 4bff800c1b (このIDを非表示/違反報告)
はっくん - むちゃくちゃウルってきた (2019年4月20日 17時) (レス) id: 4bff800c1b (このIDを非表示/違反報告)
ルラ - ありがとうございます (2019年2月13日 22時) (レス) id: f9efa22935 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:有栖 | 作成日時:2019年1月10日 22時

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